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296. カペーQによる名曲の名演に新たな感動、課題は音質:カペー弦楽四重奏団は1920年代に最盛期を迎えSPに数々の名盤を遺している。いずれも極め付きとされ、老ファンが多い。私も父から聴かせてもらい大いにしびれた記憶がある。それはベートーヴェンの弦楽四重奏曲op.131と132だったが、この度4月28日「名演奏ライブラリー」にて久方ぶりに聴け感動を新たにした。何れも秀演であるが、殊に後者の演奏には仙人が奏でるように余計なものを削ぎ落とし人間哲学の本質、核心に迫る、魂の叫びが聞こえた。 正しくベートーヴェン晩年の悟りの境地ではなかろうか。他にハイドンの「ひばり」やドビュッシーなど豪華メニューを堪能、ポルタメントをほど良く効かせるところ等如何にもフランスの奏団らしい。課題は音質、意外に良かったが、流石に高音の伸びや奥行きが足りず昨今の音質に慣れた耳には今一つ、往年の名機HMV203型で直に鳴らせたらとつくづく思う。
297. チマローザにとって誠幸い、ネグリ好演の「レクイエム」:有名な同時代のモーツァルトや近代フォーレのものには遠く及ばず、流石に録音が極少ない。しかし演奏次第と言う事か、エリー・アメリンク(ソプラノ)他/モントルー音楽祭合唱団/ヴィットリオ・ネグリ指揮ローザンヌ室内管弦楽団は感動的、合唱が壮大、ポリフォニックで重厚、アメリンク他ソロ達も上質、リッチ、オケも綺麗で歌唱との調和、バランスが好調。特に冒頭と半ばやや後のアーメン・コーラスは荘重かつメロディアスで印象的。ネグリの編曲とのことなので、彼が演奏にも工夫を凝らし相当情熱を込めたその成果と思われ、チマローザにとって誠幸いであった。収録はかなり前だが、特に合唱の音質が抜群なので臨場感がある。5月15日朝8:12~約63分間。
298. ゴールトベルクが温情切々、シューマンのヴァイオリンソナタ第1:彼のヴァイオリンソナタは3曲いずれも熟年の枯淡な風味を醸していて有意義なのに何故か演奏は少規模。中では比較的ポピュラーなこの第1番だが、好演は乏しく、この旧盤、シモン・ゴールトベルク/アルトゥール・バルサムも満足ではないが、昨今の演奏にはない一定の魅力があり注目に値する。特に肝腎、看板の第1楽章はスローテンポで一本調子ながら真摯、丁寧に、温情切々と歌っている。他2楽章共々血の通う好演だが、劇的にとまでは言わないもののもう少しでも緩急にメリハリを付けたらベストであった。なお1953年のモノラル録音で乾いた音質だが差支えない。5月21日朝8:37~約19分間。実は同2番の特に第3楽章が名作、エネスコを凌ぐ秀演を期待している。
299. 曲想にピッタリ、渋く粘質な好演、ブラームスのチェロソナタ第2:彼若かりし頃のメロディアスな第1番とは打って変わった後期作、一切装飾を排したダイレクトな単色濃淡、侘びの効いた渋い作風にてアーティストにはさぞ難曲であろう。何せチェロとピアノにお互いトレースのない別個の旋律を競わせるような造り。現に好演は極少なく、ロストロポーヴィチ/ゼルキンの遠い記憶を探る中、お勧め できそうな盤がやっと現れた。ベネディクト・クレックナー/小菅優による2021年の録音で、前者は馴染みのないチェリストだが、情感が内面にあふれて渋く、ピアノの小菅はほど良く粘質でブラームス張り、テンポ、強弱も巧み、彼の活躍がとり分け大きい。曲、演奏とも第1、第3楽章が出色、他楽章も悪くない。5月18日放送の「音楽の泉」にて。
300. グリュミオーならでは、ルクレールのVn.ソナタop.9-3:彼はヴァイオリニストとしての職業柄ソナタを多数造っているが、わずかな名作の一つがこのop.9-3、清楚で優美なメロディーはイタリア風でもドイツ風でもないエスプリに富んだ彼独特のスタイルで簡素ながらも滋味深い。従って表面的なサロン風の演奏では事足りず、深い踏み込みと色艶が欠かせない。その点打って付けなのがアルテュール・グリュミオー、優美な音色と艶やかなボーイングに定評があるが、果たせるかな、気品を湛え華やいでいる。イシュトヴァーン・ハイデュも無難にこなしている。もう1曲、イツァーク・パールマンとピンカス・ズーカーマンによる2つのヴァイオリンのためのソナタop.3-5も結構悪くない、特に中間楽章が曲、演奏とも麗しい。5月29日朝7:27~約25分間。