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301. ピレシュが熱血を注ぎ濃密に、ショパンのピアノソナタ第3:彼の遺したピアノソナタの中若年の頃の第1番はともかく第2、3番はお馴染みだが、後者の方がてらいや臭みが無くより充実していて飽きない。実際メロディーが親しみ易いので凡演でもある程度楽しめる準名曲である。しかし緩徐の第3楽章で旨味を引き出せるかピアニストの真価が問われ、大抵は楽譜をなぞるだけで済ましてしまう。そこはやはりショパン好きの名手にしか越えられない壁である。そうした熟練名手の一人がマリア・ジョアン・ピレシュ 、彼女 には元々モーツァルトとショパンに見るべきものが多く、この曲にも全楽章均しく熱血を注いでおりいずれも濃密で味わい深い。勘所と言うかセンスの良さも垣間見える。6月4日朝8:15~約35分間。
302. 老練ブレンデルの弾くモーツァルト・ピアノ協奏曲No.27:ピアノ協奏曲は、その第一人者は何と言っても数多くの名作を育んだモーツァルトであり、彼最晩年の作で言わば有終の美を飾ったのがこの27番である。演奏はオケが小編成なのでややもすると貧相に陥るし、ソロに主体性がないと地味になりやはりパっとしない。そんな盤が多い中、オケが割とリッチでソロがしっかりしたものとしてアルフレッド・ブレンデル/チャールズ・マッケラス指揮スコットランド室内管弦楽団(2000年の収録)が挙げられる。端正、オーソドックスの域を出ないが、ソロは細緻で音色が艶やか等大ベテランらしくかなり塾れており、オケは結構優美で快活、ソロとの相性も溶け込むように自然だ。ただ中間楽章の随所でソロが勝手?に加えた音符は装飾のつもりが折角の風情を損ねており残念、シンプル・イズ・ベストのはずだが。27番に限らず多くのピアニストに見られることで止めてもらいたい。6月1日放送の「音楽の泉」にて。
303. 耳に留まった力演、日下他によるシューマンのピアノ五重奏曲:彼の室内楽の代表作で幻想的なメロディーが特徴の流動的な変化に富む名作。しかし名演に乏しく飢えているので、手当たり次第聴く中に目に留まったいや耳に留まった演奏がある。日下紗矢子(Vn.) 、小川響子(Vn.) 、フェリックス・シュヴァルツ(Vla.) 、アンドレアス・グレーガー(Vc.) 、日下知奈(Pf.)によるライヴ(2024年4月23日王子ホール)だが、ベチャベチャして粗野な感じはともかく、ピアノに負けない弦の太さ、シューマンらしいコクとほとばしる情熱、重量級の力演である。7月3日放送の「ベストオブクラシック」にて。ただかつての名盤、イェルク・デムス/バリリ四重奏団による奥ゆかしい調べを想うと、今少しでもエレガントであればと惜しまれる。センスを磨きに磨き直して弾き熟し、また聴かせてもらいたい。
304. ヨッフムならでは、何時もとは違うブルックナーの第8:ブルックナーは凡そもやもやして水っぽい。口を衝いて出るような印象的なメロディーがほとんど無い。この第8交響曲(ノヴァーク1890年版)はその典型のはずだが、オイゲン・ヨッフム/アムステルダムコンセルトヘボウの演奏には何故か何か切々と訴える心の揺れ、やがて 訪れる神学的な安寧そしてまた荒波に挑み克服するような逞しさを感じる。ヨッフムはブルックナーの良き理解者なのであろう。さも無くばこんな長蛇のような曲を聴き手に理解させ得ないし、感動の一片すら与えられない。ライヴなのもヨッフムが昻揚して?幸いだったかもしれない(1984年アムステルダム)。会場も録音に適していたようで音質が結構精緻、ヨッフムファンには又と無い記念盤となった。8月8日朝7:52~約81分間。
305. モーツァルトのクラリネットに注ぐ厚き情熱の賜物・同五重奏曲:彼が手掛けたクラリネット曲の協奏曲と一対を成す円熟期の名作、双方ともに優美でメロディアスだが、この五重奏曲の方が明るく、ほのぼのとして暖かい。しかし演奏となると、名曲なだけに数多いが、華のある優雅な名演にはなかなか出会えない。アルフレート・プリンツ(クラリネット)/ウィーン室内合奏団のメンバー(ヘッツェルとメッツェルのVn、シュトレングのVla、アスコチッチのVc.)の演奏も良く言えば丹念だが鈍臭いところがあり満足行かない。しかし曲想を大事にとひた向きかつ抒情的なので、比較的好調な後半2楽章を中心に一聴されたらどうか。8月22日朝7:46~約36分間。なおザビーネ・マイヤーとウィーン弦楽六重奏団員による好アンサンブルは記憶に新しい。