8.モーツァルトのあの弦楽四重奏曲の名盤を求めて
私が小学生の頃1950年代後半のこと、ネットの破れたポンコツの和製?手回し式卓上蓄音機がおもちゃ代わりに身近にあって、お古のSPレコードに針を落としよく聴いた。既にLPの時勢、こうした時代遅れの蓄音機とSP群、軍歌や歌謡曲の数々に紛れてクラシックの名盤が隠れていた。赤レーベルに犬のマークの海外盤である。当時の私は曲名などいざ知らず、ひたすら聴き返したものである。モーツァルトの弦楽四重奏曲ニ短調K.421の英国ヒズ・マスターズヴォイス(HMV)盤で、フロンザリー四重奏団による演奏と後年兄から告げられ知った次第。彼は私より一廻り以上年上のやはりレコードファンで、新宿の中古レコード屋で手に入れたそうである。結局私のおもちゃになったことから既に状態があまり良くなかったのだろう。元より曲自体がずば抜けた傑作であるが、滋味豊かな彫の深い、緩急自在で聴き手を引き付ける、そんな演奏が今でも耳に残っている。少年の心にまで響き渡ったということか。その他レナー四重奏団の演奏も名盤とされるので、聴き比べたいもの。LP盤ではこうした名演との出会いはないが、ロート四重奏団の盤はオーソドックスながらほのぼのとしていてまずまずであった。ゲヴァントハウス管弦楽団員によるライヴ(2014年於大阪)も満足ではないが、可憐で情感豊か、メリハリも感じられ、またエレガントでもあった。全楽章とも上出来、音質も良かった。CD化が待たれる。更なる名盤はないか模索はまだまだ続く。そうそうおもちゃ同然だったSP群の中にはクライスラー/ブレッヒによるベートーヴェンの協奏曲の片品、誰の演奏だったか?、モーツァルトのヴァイオリンソナタK.304(いずれも英国HMV盤)、ヌヴーが弾くショパンのノクターン嬰ハ短調遺作(変曲)、ヴィニェスの弾くドビュッシーの「グラナダの夕べ」、グルックの「アウリスのイフィゲニア」第2幕のバレエ、チャイコフスキーの「四季」から「舟歌」(いずれも仏?コロンビア青盤)もあった。いずれも煤け古びていたが、その響きには少年の胸にズシっとせまる厚みと迫力があり、殊にヌヴーやヴィニェスは怖いほどだった。